聖書 マタイの福音書 4章12~17節
私たちの教会では、2008年より、沖縄での「組織的」な地上戦が終結したといわれる6月23日を、「沖縄(命どぅ宝)の日」として、具体的に沖縄を覚える日としてきました。沖縄学習ツアーに参加した証や、学習用のDVDを分かち合うことによって、平和を祈る時としてきました。女性連合の推進活動、「知ること」「祈ること」「共有すること」がされなかったら、私たちにとって、沖縄は観光地の一つでしかなかったと思えるほどに、無関心でいられる現状を思うのです。
五年前(2009年)に、「プロテスタント宣教150年」行事をめぐって、沖縄伝道を「日本の宣教の歴史」として組み入れようとしない動きに対して、連盟の理事会が、踏みとどまった行動も、また沖縄の痛みを共有しようとする現れであったのだと思うのです。日本の「宣教のはじまり」が、本土での宣教師活動より十数年早い1846年に、ベッテルハイムによる沖縄伝道であったことは、先立つ主のご計画の中であったことを思うのです。
主イエス・キリストは、ヨハネが捕らえられたと聞いて、ガリラヤの海沿いの町、カペナウムで宣教活動をはじめられます。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」その言葉は、ヨハネと同じ言葉を用いながら、徹底的に、主に仕え、主からいただいた御言葉によって語るのでした。 その行為は、社会的な仕組みや、宗教的な差別によって抑圧された人の痛みに寄り添い、共に痛む姿であったのです。マタイ福音書の著者は、その宣教のはじまりが、旧約聖書の預言者の口を通して語られた、暗闇の中に座り込んでいる民へ届けられた光であることを、希望を持って記していくのです。
命どぅ宝という、沖縄の言葉に秘められた深い思いを受け止め、いのちの破壊に導く暴力や戦争を決して認めてはいけないのです。明日を担う子どもたちのいのちの尊厳のために、核兵器、原子力利用についても、主イエスの眼差しの中で、語り、行動したいものです。