聖書 ミカ書6章8節
先週一週間、祈りに支えられて、沖縄の地へ出かけていました。この地で、普天間基地ゲート前でゴスペルを歌う会が2012年10月から毎週月曜日午後6時から欠かさず行われています。今回の三バプテスト女性大会の研修会①では、普天間バプテスト教会の神谷武宏師が「キリスト教会の軍事基地という暴力に対する一つのたたかい」として、この働きについて語ってくださいました。本日の聖書箇所が研修会の聖書箇所とされていました。
ミカ書6章では、イスラエルの民にむかって主が告発される場面が描かれています。主は民の苦しみと傷みに対して、出エジプトを起こし、その後も恵みの業を注いたことを思い起こすように語るのでした。しかし民は、幾千の雄牛、幾万の油と犠牲のいけにえの質や量がいかに大きいかを反論します。そこで主が人々に求めておられることは、公正を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むことである。と宣言された言葉です。
沖縄の現状は厳しく、米軍機からの落下物、墜落事故、絶え間ない騒音による被害は実に厳しいものです。さらに米兵によるレイプはあとを絶ちません。そのような地に立つ教会として、キリスト者として「NO!OSPREY NO!RAPE NO!BASE」と赤いのぼりを立ててゴスペルを歌うことこそが、神の公正を示し、へりくだって神とともに歩むこととして継続し続けている意味を知りました。
ようやく参加することができた集会では、「このフェンスがある限り歌い続けます。」と司会の方が強く語ってくださり、共に和解の主が働いてくださることを歌い、祈り求めました。様々な教会から集まっておられ、直近の痛みを共有することができました。このような小さな働きでは何も変わらないという嘲り、叱責を受けながらも、共に祈りの輪は広がり、各地でゴスペルを歌う会が広がっています。先だった主が働いてくださることを信頼し、未来に希望をもって共に歩み続けていきたいと願うのです。